「祝福をもたらす人」創世記 48章1~22節

201786日 礼拝 岡田順一牧師

 

「わたしをあらゆる苦しみから 贖われた御使いよ。どうか、この子供たちの上に 祝福をお与えください。」(創世記48:16

 

 

①祝福とは。

主は祭司アロンに祝福の祈りを教えました(民数記6:2227)。祝福は主からであり人の何かではありません。祝福は主がそこに御顔を向けられることです。主の御顔は太陽のような輝きです(マタイ17:2)。その輝きが見守り、恵み、平安をもたらします。

 

②祝福をもたらし得る人。

ヤコブは「わたしの生涯を今日まで 導かれた牧者なる神よ。わたしをあらゆる苦しみから贖われた御使いよ」(1516)と生涯に渡って与えられた神の祝福に感謝しました。その与えられた豊かな祝福のゆえに彼は「どうか、この子供たちの上に 祝福をお与えください」と祝福の祈りをささげることができました。ヤコブの感謝の言葉に対してアーメンと言えますなら私たちも祝福をもたらし得る人となることができます。

 

③祝福をもたらす人の心。

ヤコブはヨセフの二人の子である孫たちに祝福を祈る時、長男、次男に対して祝福の格差を考えませんでした。ヤコブはひたすら神の祝福をもたらすことに努めました。